咲き初めの桜並木を通って、細い路地を入ったところにそのジャズバーはあって、その日はライブをやっていた。
ピアノ、ベース、テナーサックス、ドラムスが気持よくなっていてそのうち、A列車で行こう、が流れはじめた。
グレープフルーツをラムで割ったカクテルを注文して、良い気持ち。
「もし明日から自由だよ、といわれたら、何をしますか?」と聞かれた。
返事を考えるのにずい分と時間がかかってしまった。
「桜子と思う存分散歩をします。それから畑に行って野菜を採ります。」
その人は静かに笑って頷いた。
しばらくして、また答えた。
「庭の柚子をとるひまがなくて、熟れたまま、枯れてしまって。それを収穫して、種をとって、化粧水を作りたいです。」
「そういうことって、時間があって、気持に余裕がないとできませんよね。」とその人が言った。
そんなに時間が経った感覚はなかったのだが、話はじめて6時間がたっていた。
ジョシかな?と思えるような華奢なバーテンダーさんが、一枚のアナログ盤を取り出して流し始めた。
キースジャレットのケルンコンサート。
一日?一週間?一か月?一年?の疲れを癒しに来ている人達の談笑の隙間に
静かに沁みいるピアノの響き
なにかに追われているような日常に、優しい時間を作ってくれた人に、心から感謝。
「そろそろシンデレラタイムですね。」
三分咲きの桜の並木を、もう少し歩いていたい気分だった。